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Blogot - 旅とF1と車と男の嗜み

旅とF1と車と男の嗜みをテーマとした後藤康成のブログ。

本田宗一郎と鈴鹿サーキット

2011年のF1サーカスは第16戦の韓国グランプリを迎えている。韓国インターナショナルサーキットのある霊岩はソウルから400km離れた場所にあり、昨年初開催で今年2年目を迎え2015年まで開催の契約を結んでる。

F1通信によると韓国インターナショナルサーキットは交通アクセス、近隣の宿泊施設建設、サーキットのファシリティーなど改善する部分が多いと伝えられており、F1ファンの集客にはまだいくつかのハードルがあるようだ。サーキットの建設されたこの霊岩は干拓地であり、海の至近であり、都市開発事業の一環としてサーキット建設が行われ、政府のバックアップでF1を誘致。地元経済の活性化を目的としている。

一方、先週日本グランプリが開催された鈴鹿サーキットは、約50年前の1962年に本田技研工業によって建設されたサーキットである。建設の目的は本田宗一郎氏の掲げた「青少年の健全な育成とモータースポーツの普及」である。

1961年3月のホンダの社報に掲載された「モータースポーツランドの基本的な考え方」は、成長を迎える自動車産業と共にモータースポーツに賭ける本田宗一郎氏の意気込みが感じられる。

F1 2013 Japan GP

モータースポーツの正しい理解
設立の趣旨の基本になっているものはモータースポーツの正しい理解に有ります。自動車産業が、国の代表的産業であるように、その普及によって出てくるモータースポーツもまた、国の文化水準のバロメーターです。そこには、自動車産業のもっているメカニズムが、総合技術の粋が、スポーツの姿の中にも活かされているべきではないでしょうか。これは先進諸国の文化の姿をみれば、もう言うまでもありません。同時に、日本の地理的環境にマッチしたモータースポーツの姿でもなければなりません。例えば、狭い地域でただスピードやスリルを求めたら、これは非常に危険な野蛮な遊戯になってしまいます。
むしろ日本のモータースポーツとしては、そのような刹那的なものに走らないで、それが本来持っている科学性を活かし、技術と娯楽とを結び合わせて、しかも日本で求め得られなかったような健全スポーツとして世界的な文化レベルにまで引き上げる、またそこから新しい技術を育てる温床とする、このような考え方が必要となってきます。モータースポーツランドの主な目的もここにあるといってよいでしょう。これはとりもなおさず、わが国の自動車産業の担い手である私たちの、当然の義務であり信念であるべきではないでしょうか。
(日本に「モータースポーツ」が走り始めた日 より)

サーキット建設に際しては、ヨーロッパの「スパ・フランコルシャン」、「アッセン」、「モンツァ」、「ゾリチュード」、「ホッケンハイム・リンク」、そして「ニュルブルク・リンク」などを視察しコースレイアウトから付帯設備、コース路面の舗装状態に至るまで、詳細な調査を行なっている。

そして最終的に建設候補地には鈴鹿、亀山、土山の三カ所が最終的に残ったが、鈴鹿に決定した理由としてこんな逸話が残されている。

他のある候補地の自治体は、誘致にあたってとびきりの酒宴をはじめとする豪勢なもてなしで本田社長以下を迎えたという。ところが鈴鹿市は、会議室で渋茶一杯を出しただけで、詳細な航空測量写真を広げ、すぐに具体的な実務交渉に入れる資料を揃えていた。宗一郎社長がそこに何を感じたかは、推して知るべしである。鈴鹿市は、全国で二番目に工場誘致条例を施行した自治体だった。杉本龍造市長以下、実務最優先で虚飾を嫌う気風も、宗一郎社長の琴線に触れたことは充分に考えられる。こうして鈴鹿は、後に世界に名を轟かせる「SUZUKA」への道を歩み始めた。
(日本に「モータースポーツ」が走り始めた日 より)

今では、鈴鹿サーキットは世界屈指のテクニカルサーキットとして有名であり、今年2年連続のワールドチャンピオンとなったセバスチャン・ベッテルは「神の手により作られたサーキット」、今年日本GPを優勝したジェンソン・バトンは「自然をうまく利用したコース」と鈴鹿をべた褒めしている。

この鈴鹿の初期デザインを担当したのは塩崎定夫氏でありその後、コース設計の権威として知られるオランダ人のジョン・フーゲンホルツ氏の手に渡った。塩崎定夫氏の最初の鈴鹿のコースレイアウト案はヘアピンが2つあり、立体交差が3つもある斬新なレイアウトだったという。残念ながらこのコースレイアウトは実現しなかった。

SIMCA 1000

鈴鹿サーキットを運営するモビリティランドは、Formula One World Championship Limitedと2012年までF1日本グランプリの開催を契約している。2013年以降もF1グランプリが鈴鹿サーキットで開催されることを願いたい。本田宗一郎氏の夢のためにも。