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Blogot - 旅とF1と車と男の嗜み

旅とF1と車と男の嗜みをテーマとした後藤康成のブログ。

1970年代の日食ミステリー(再び)

2012年6月13日のエントリーのアップデートです。

久しぶりのエントリーになるのですが、今回は2012年5月21日に西日本を中心に観られた金環日食に端を発したミステリーです。

Eclipse

金環日食の日のフジテレビ番組「とくダネ!」オープンニングで笠井アナウンサーは「小学生の頃に東京で黒い下敷きを使って日食を見た記憶がしっかりと残っている。」と言っていた。実は僕も(記憶では)1970年代の小学生の頃に皆既日食なのか金環日食だったのか部分日食だったのかは覚えていないが校庭で黒い下敷きを利用して日食を見た記憶がある。笠井アナウンサーは調べたところ1963年生まれなので僕と同年代だ。おそらく同じ日食なのだろう。(写真は2012年5月21日東京にて僕がiPhoneから日食メガネを使い撮影)

1970年代の日食観測の情報をネット上で調べてみると不思議なことに、そのころ日本において日食が観測された記録が見当たらない。実際に複数の同年代の友人に聞いてみたが1970年代に日食があったかどうか覚えていないそうだ。僕の記憶はかなり曖昧なのかと思いきや、渡辺千賀さんのブログ「日食の思い出(と記憶のねつ造)」をはじめとし、ネット上で僕と同じように当時に日食を経験した人が結構な数見つかった。

しかも場所は同時期ではないかもしれないが、北海道滋賀長崎と日本においても広範囲の地域であったようだ。ネット上の情報を総合すると、もっとも有力と思われる日食は1972年7月11日におこった皆既日食のようだ。実際当時アラスカまで赴いて日食を撮影した方の記帳な情報を発見した。(1972年7月のアラスカ皆既日食

これだ!と思い日本において本当に1972年7月11日に日食があったかを本格的にネット上を調べてみることにしたが、いかんせん1970年代とネット以前の時代の情報であることから日本語での信頼できる情報には限界があることがわかったので、もっとも信頼できそうなNASAの日食データベースを調べてみた。NASAの日食データベースは部分日食もカバーされた地図が掲載されている。

ところが、1972年7月11日におこった皆既日食はアラスカ日食と言われ、日食の皆既帯は、樺太から始まりカムチャッカ半島やベーリング海峡を越えて北米大陸の北端部を駆け抜けて、北大西洋まで達するものだった。つまり1972年7月11日には日本において部分日食すら発生していない。

一番近いところでは1969年3月18日に日本において広域に部分日食観測されたがあったことがわかったが20%程度欠ける程度である。

さらに1978年10月2日にも部分日食が広域で観測されており、東北では45%、北海道では50%くらい欠ける日食であった。

そうなると僕の記憶は1978年のものだったのか。しかし、このころは中学生だったことから記憶はもっと鮮明なはずだ。しかもそのころは黒の下敷きなどという地味な下敷きではなく、キャラクターやアイドルなどが印刷された下敷きがトレンドだった。僕の記憶は小学校で黒の下敷きで日食を観た記憶だ。

いったい僕の記憶はなんだったのだろう。この日食ミステリーは未だ解決していない。。

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時は経って2016年3月。このミステリーですが、その後も頭から離れなくて、継続的にネットで調査しました。その結果やっぱり1978年10月2日に日本で部分日食が見られたというのが有力だと思われるようになりました。

小学校の校庭での日食観測が記憶されていますが、1978年だと中学生です。記憶とはかなり曖昧なものなので、おそらく1978年の日食だったのでしょう。ひとまず解決して良かったです。